2007年07月26日

(5) JOYSOUNDシリーズ(前編)

日本初の通信カラオケとされるJOYSOUNDシリーズを製造販売している株式会社エクシングは1992年に設立。ブラザー工業とそのグループ会社が、JOYSOUNDシリーズの企画・開発を行うために設立されました。
ご存じのようにブラザー工業は、ミシン家庭用・工業用)やタイプライター、FAXプリンタなどの精密機器を手がける会社です。1992年のJOYSOUND初号機JS-1発売で、ブラザーグループ全体としても初めてカラオケに進出したことになります。

エクシング社は、JOYSOUNDシリーズ以外には、着メロサイト「ポケメロJOYSOUND」でもおなじみ。さらに、プレステ用などのゲームソフトを作っていた時期もありました。かつては格闘技K-1のゲームソフトも作っていて、K-1中継でリングに「XING」のロゴが出ていたこともありました。現在は、ゲームソフトからは撤退しています。

ともあれ、1992年に発売されたJOYSOUND初号機。当初は「楽曲数3,100曲」でスタート。
それでも、当時のカラオケ業界に与えたインパクトは計り知れないものがありました。電話帳みたいに分厚い歌本に、今までカラオケとは無縁と思われていたような曲がズラリと並ぶ。当時はそれが、まさに衝撃だったのです。

エクシング社は、それまでカラオケとは何の縁もゆかりもない新規参入メーカーでした。にもかかわらず、JOYSOUND初号機はまたたくまに、全国で最も多く設置されているカラオケ機器(シェア1位)の地位を獲得しました。

最初の頃のJOYSOUNDは、魅力は一にも二にも「曲数」。音数や音質、そしてその他の性能や機能においては、JOYSOUNDは他の機種よりは劣っています。発音数(シンセサイザー音源が一度に出せる音の数)は24音(確かそうだったと思う)。当時の感覚でも、明らかに安っぽくてしょぼい音でした。特にギターの音が劣悪でした。
しかし、特に私みたいな、他人の歌わない曲を歌う趣味を持つ者にとって、曲数はそのまま「歌いたい曲があるかないか」に直結するので、カラオケはJOYSOUNDを選ぶことが多かったのです。

1997年には、音質などを改良したというHyperJOYが発売。残念ながら私の耳には、音質はそれほど改善したようには聴こえませんでした。しかし、曲数はHyperJOY限定で大幅に増やし、「他の機種では歌えない」曲の多さが、当時はとても魅力でした。
ともあれ、JOYSOUNDシリーズは収録曲数を順調に増やし続け、1995年に10,000曲達成、1999年に20,000曲、2001年に30,000曲…と、2004年(UGAの出現)まで収録曲数No.1の座を守り続けてきました。

しかし'90年代後半は、前回述べたように、カラオケ産業は低迷を続けていた時期でした。エクシング社も、HyperJOYという新機種を開発し、発売し、全国展開して、そのたびに赤字が積み重なっていきました。

エクシング社の沿革を見ていて気づくのは、1998〜9年にかけて「増資」が相次いだこと。約10億円だった資本金が、最大約81億円にまで増えました。積み重なる赤字をしのぐために、親会社のブラザー工業、そしてブラザーグループが苦労して資本金を増やしていたということです。
しかし、1999年に着メロサイト「ポケメロJOYSOUND」がスタート。これが大きな利益を上げました。それまでブラザーグループのお荷物だったエクシング社が、一気に親会社の株価を押し上げる優良企業になりました。2001年にはめでたく減資し、赤字をしのぐ状態から脱しました。
posted by くまたろう at 22:07| Comment(0) | 通信カラオケ機種概論序説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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