2007年08月14日

(9) UGAシリーズ(前編)

UGAという機種について語るには、U-karaとBe-MAX'sという、2つのシリーズについて語る必要があります。その理由はこの後で述べます。

まずはU-karaシリーズ大阪有線放送(現USEN)が、1994年に発売した機種です。
彼らがカラオケ機器を開発・製造するのはこれが初めてでしたが、なにしろ有線ですから、「流行歌」に対するノウハウは昔からありました。1970年代末期〜80年代前半の歌謡曲、あるいは1990年代前半の洋楽などに強いところ、さらに新人アーティストの曲を早くから入れていたところは、有線放送のノウハウが生きていたのかなという気がしました。
ただ、90年代も末期になると、曲データを記録するハードディスクの容量が逼迫していたのか、一度入れた曲を削除しないと新しい曲を入れられないという状態に陥っていました。
音質や映像は、当時のレベルからすれば可もなく不可もなくといったレベルでした。

続いてBe-MAX's(ビーマックス)シリーズ。第一興商と並んでレーザーディスク時代のトップメーカーだったパイオニアが、1995年に発売した機種です。パイオニアが機器を製造し、JHC、東映ビデオ、日光堂(BMB)の3社がソフトウェアを制作していました。その3社の間で曲目がちょっとずつ違っていたのが奇妙でした。
さすがに音質は、パイオニアが満を持して投入しただけあって、当時のレベルとしてはトップクラスでした。しかし、せっかくの高性能のハードを、生かし切れていない曲が多々あったように思いました。その点では、ハードを熟知して活かしきっていたDAMには及びませんでした。

U-karaとBe-MAX'sも、90年代後半から2000年前後にかけて、2強を形成していたJOYSOUND陣営とDAM陣営と比べると、どうも印象が薄い気がしていました。
そして2000年。当時の有線ブロードネットワークスのカラオケ事業部門と、Be-MAX'sのソフトウェアメーカーの一つだったBMBが合併して、U's BMB(ユーズビーエムビー、現BMB)という会社になりました。
その後もU's BMBはいろんな会社を併合し、事業を買収し、結局パイオニアのカラオケ事業部門を初め、U-karaとBe-MAX'sに関わっていた会社・事業部門を全部手中に収めたと言えます。

2002年には、U-karaとBe-MAX'sとを統合した初めての機種となるB-Kara発売。一部のカラオケ愛好者の間では熱狂的なファンを獲得しました。しかし、JOYSOUND陣営とDAM陣営の2強に割って入るには至りませんでした。
ところが、B-Karaを大幅に改良し、本格的ブロードバンド対応にした新機種UGA2004年に発売されると、カラオケ関係者、そしてカラオケファン達は唖然としました。
posted by くまたろう at 08:36| 通信カラオケ機種概論序説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする